残らなかったろう。
 だが――。
 源吉の、最初の轢殺問題が片付いて、彼が、詰所《つめしょ》に顔を出した時だった。
『やア、源さん。えらいことをやったね』
 機関手仲間では、先輩の、それでいて話好きの倉さんが、まっていた、とばかり声をかけた。
『…………』
『到頭やったのか。……やっぱり』
 同じ仲間の順平が、源吉の萎《しお》れた顔を覗《のぞ》き見るようにしていった。
 源吉は、
『え、やっぱり……っというと』
(怪訝《おか》しなことをいう)と訊《き》きかえした。
『知らなかったのか、まだ。そりゃ悪かった、いや何んでもないんだ』
 順平は、如何にも具合悪そうに、口を濁した。
 然し、こうなると、いやなことのあった後だし、どこまでも聴きたくなるのは、人情だ。
『何んだい、やっぱり[#「やっぱり」に傍点]、というのは、……君たちに悪いことでなかったら教えてくれよ、俺、俺も人を一人轢いちまったんだから、気味が悪いじゃないか』
 倉さんと順平とは、顔を見合せていたが、漸《ようや》く倉さんが口を切った。
『源さん、源さんの轢いたってのは、あの岩《いわ》ヶ|根《ね》――Y駅とT駅の間の――カーヴだ
前へ 次へ
全22ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング