とど》めてやった。
 ――少し長く勤めた機関手なら、こんなにまで、のぼせ[#「のぼせ」に傍点]上る筈はないが、源吉は、まだ勤めは浅い上に、「人を轢《ひ》いた」という大事件は生れて始めての出来事なのだ。まして助手の久吉に到っては今日で、二回目の乗組だった――。
 源吉は、思い切ったように、手すりに凭《もた》れて、下に飛下りた。道床《どうしょう》の砂利が、ざらざらと崩れ、危うく転びそうになって枕木にべたりと触《さ》わると、ひやっ[#「ひやっ」に傍点]とした冷たいものを感じた。
(血!)
 然《しか》し、幸い、それは枕木に下りていた夜露だった。

      二

 思えば、この事件が、源吉を、恐ろしい轢殺鬼《れきさつき》(?)に誘導する第一歩だったのだ。といっても、勿論《もちろん》、口に出していえることではなかった。が、話せなければ話せないだけ、又激しい、根強い魅力があったのだ。
 それには、も一つ、それを助けることがあった、というのは、如何《いか》に源吉が、悪魔的な男であったにしても、あの一回だけであったならば、彼の記憶の中《うち》に、
『機関手時代の、最も忌まわしい思い出』
 と、しか
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