》を、廻り切って仕舞うまで前方は、見透《みとお》しが、利かなかった。
 何処《どこ》かで、ボデーが、ギーッと軋《きし》んだ。
『アッ! 畜生ッ!』
(仕舞った!)という感じと、鋭い怒声と、力一杯ブレーキを掛たのは、源吉が、行く手の闇の中に黒く蠢《うごめ》くものを、見つけたのと、同時だった。
 だが、十|輛《りょう》の客車を牽引して、相当のスピードを持った、その上、下り坂にある列車は、そう、ぴたん[#「ぴたん」に傍点]と止まるわけはなかった。
 ゴクン、と不味《まず》い唾《つば》を飲んだ瞬間、その黒いものが、源吉の足の下あたりに触れ、妙に湿り気を含んだ、何んともいえない異様な音……その中には、小楊枝《こようじ》を折るような、気味の悪い音も確《たしか》にあった。
(轢《ひ》いた。到頭《とうとう》、轢いちまった――)
 源吉は、胃の中のものが、咽喉元《のどもと》にこみ[#「こみ」に傍点]上って、クラクラッと眩暈《めまい》を感ずると、周囲《あたり》が、急に黒いもやもやしたものに閉《とざ》され、後頭部に、いきなり、叩《たた》き前倒《のめ》されたような、激痛を受けた。
 汽車は、物凄《ものすご》い
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