、手首の切れ目から、白い骨と腱《けん》がむき出され、まだ、ぽんぽんと血が滴《した》たっているようだ。
あたりの凄寥《せいりょう》とした夜気が、血腥《ちなまぐ》さくドロドロと澱《よど》んだ。
四
源吉は、それ等の悪夢を、京子の激しい愛撫で慰められた。
然し、連続的に襲って来る悪夢は、京子の激しい愛撫を俟《ま》つまでもなく、独りでに、彼の頭の中で麻痺して来た。
恐ろしいことだ。源吉は、この惨澹《さんたん》たる轢殺の戦慄に、不感症となって来たのだ。
彼は、人を轢き殺した瞬間にさえ、何処《どこ》か、事務的な、安易な気持を持ち始めたのだ。
源吉は、最初の(気が狂って仕舞ったのか)とも思えた、興奮の自分が、莫迦莫迦《ばかばか》しく、ウソのように感じられた。
(どうせ、魔のカーヴだ。死にたい奴は死ね、俺は、介錯《かいしゃく》してやるようなもんだ)
棄て鉢の呟《つぶや》きだった。だが、これは今の彼の本心だったろう。
(柵《さく》なんか造ったって駄目さ、死のうという奴は盲目だ、俺の所為《せい》じゃねェや)
そうした、自己偽瞞《じこぎまん》の囁《ささや》きもあった。
又、
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