ろう』
 源吉は、胸の中を、見透かされたような、気味悪さを覚えて、ガクッと頷《うなず》いた。
『あそこは、ひどいカーヴだ、おまけに山の出ッ鼻が、邪魔してるんで、まるで見通しが利かねェ、なんでも始めはトンネルを掘って真ッ直ぐにするつもりだったってェが、山が砂岩ばかりで仕方なしにあんなことになったそうだがね、魔のカーヴだ』
『魔のカーヴ――』
 源吉は、頭の中で、もやもやしていた恐怖の雲が、スーッと塊《かた》まりになったのを意識した。『やっぱり』という意味が、飲み込めた。
『魔のカーヴだ。よくある魔の踏切と同じ奴よ。若い娘がよく死ぬんだ。娘ばかりじゃねェ、失恋《ふら》れた若い男、借金《かり》で首の廻らねェ、百姓|爺《おやじ》の首が、ゴロンと転がったり……。
 おか[#「おか」に傍点]しなもんで、一人が死ぬと『吾《わ》れも、吾れも』とそこで死にたがるもんでな、轢くこっちはいい迷惑よ、嫌な思いをしなけりゃならねェし。
 おまけ[#「おまけ」に傍点]に坂で滑っているから、『あッ!』と思ったって間に合わねェ、知らねェで運転して車庫の検査で、めっけたって奴もあるぜ源さんの来る前にいたもん[#「もん」に傍点]だがね、見ると輪のところへ、ひらひらしたもんがくっ[#「くっ」に傍点]附いている、さわ[#「さわ」に傍点]ったが落ちねえ、ぐっと引っ張ったら、べたっ[#「べたっ」に傍点]と手についたんだ『わッ!』という騒ぎよ、何んだと思う、女の頭の皮さ、黒い長い髪が縺《もつ》れてひらひらしてたんだぜ、それが手に吸いついて、髪が指にからまっちまったもんだから、奴《やっこ》さん驚いたの、驚かねェの、青くなって、それっきり罷《よ》しちまった。その後釜《あとがま》が、源さんという訳よ』
 倉さんは、如何にも話好きらしく、長々と話し出したが、源吉には、もうそれ以上聴く元気はなかった。
(俺《おれ》も機関手なんて罷《や》めようか――)
 詰所を出ると、前の草原《くさはら》に、ごろんと寝た儘《まま》、喘《あえ》ぐように、考え続けた。
(罷めなければ、二日に一遍は、あそ[#「あそ」に傍点]こを通らなければならない――)
 ここで源吉が、潔よく罷めて仕舞えば、あの恐ろしい、轢殺の魅力なんかに、囚《とら》われずに済んだのだろうが、彼の不幸な運命《ほし》はそうはさせなかった。
 ――彼は何時《いつ》の間《ま》にか、
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