とど》めてやった。
――少し長く勤めた機関手なら、こんなにまで、のぼせ[#「のぼせ」に傍点]上る筈はないが、源吉は、まだ勤めは浅い上に、「人を轢《ひ》いた」という大事件は生れて始めての出来事なのだ。まして助手の久吉に到っては今日で、二回目の乗組だった――。
源吉は、思い切ったように、手すりに凭《もた》れて、下に飛下りた。道床《どうしょう》の砂利が、ざらざらと崩れ、危うく転びそうになって枕木にべたりと触《さ》わると、ひやっ[#「ひやっ」に傍点]とした冷たいものを感じた。
(血!)
然《しか》し、幸い、それは枕木に下りていた夜露だった。
二
思えば、この事件が、源吉を、恐ろしい轢殺鬼《れきさつき》(?)に誘導する第一歩だったのだ。といっても、勿論《もちろん》、口に出していえることではなかった。が、話せなければ話せないだけ、又激しい、根強い魅力があったのだ。
それには、も一つ、それを助けることがあった、というのは、如何《いか》に源吉が、悪魔的な男であったにしても、あの一回だけであったならば、彼の記憶の中《うち》に、
『機関手時代の、最も忌まわしい思い出』
と、しか残らなかったろう。
だが――。
源吉の、最初の轢殺問題が片付いて、彼が、詰所《つめしょ》に顔を出した時だった。
『やア、源さん。えらいことをやったね』
機関手仲間では、先輩の、それでいて話好きの倉さんが、まっていた、とばかり声をかけた。
『…………』
『到頭やったのか。……やっぱり』
同じ仲間の順平が、源吉の萎《しお》れた顔を覗《のぞ》き見るようにしていった。
源吉は、
『え、やっぱり……っというと』
(怪訝《おか》しなことをいう)と訊《き》きかえした。
『知らなかったのか、まだ。そりゃ悪かった、いや何んでもないんだ』
順平は、如何にも具合悪そうに、口を濁した。
然し、こうなると、いやなことのあった後だし、どこまでも聴きたくなるのは、人情だ。
『何んだい、やっぱり[#「やっぱり」に傍点]、というのは、……君たちに悪いことでなかったら教えてくれよ、俺、俺も人を一人轢いちまったんだから、気味が悪いじゃないか』
倉さんと順平とは、顔を見合せていたが、漸《ようや》く倉さんが口を切った。
『源さん、源さんの轢いたってのは、あの岩《いわ》ヶ|根《ね》――Y駅とT駅の間の――カーヴだ
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