りまで挙げた手を、又だらんとおろしてしまった。
 人々の間に、ガラスの仕切りが張りめぐらされたような、白々しい気持だった。
 ただその中で、叔父たちを乗せた優美な白亜船だけが、波の低い深淵に、鮮かに影を落して息づいていた。

       三

 十五六年もの間、ぱったりと音沙汰のなかった叔父と、こうして偶然に会ったというのに、その態度のあまりの余所余所《よそよそ》しさには、中野自身、却《かえっ》て狼狽に似た気持に襲われたほどであった。
 そして、憤然として岩を下って来たのだけれど、やがて午《ひる》下りの頃になっても、まだ、その船が静かに浮んでいるのを眺め見ると、中野はもう一遍思い直す余裕が出来て来た。
 さっきは、返事一つしない叔父の様子に、一途に憤慨したのだが、それにしても、かつてはいかにも科学者らしく、冷静そのもののように表情というものを現わさなかった細川三之助が、たとえ僅かでもポッと赤味を漂わせたり、鬢《びん》の顫えを見せたりしたのは、きっと心には激しい動揺を覚えていたに違いないのだ。
 とすれば、叔父には何か返事の出来ない、中野とは言葉の交せない理由があるに相違ない――、もし
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