中野が、唖然とするのも無理ではなかった。
唖然とした中野は、望遠鏡から眼を離すと、二三度眼をぱちぱちさせてその船の方を眺めていたが、そのまま圭さんにもことわらずに、その小高い葦簾張りの監視所を飛出すと砂浜を逸散《いっさん》に駈出していた。もっと傍に行って、たしかめたかったからである。
凸凹だらけの岩を越えると、その船がいきなり眼の前に浮んでいた。おかしなことには船名らしいものは何処にも書かれてなかった。が、しかしそんなことはどうでもよかった。デッキの人は――。
矢ッ張り、間違いもない叔父の細川三之助であった。
「叔父さん――」
「…………」
ギョッとしたように顔を挙げた叔父の顔には、一瞬ポッと喜悦の赤味が流れた。しかしそれっきり一こともいわず、強《し》いてするように顔を伏せてしまった。
「叔父さん、中野です。中野五郎ですよ」
だが、細川三之助は相変らず無言で、そればかりか今度はくるりと向うを向いてしまった。けれど、その老けを見せた白い鬢《びん》の顫えは、何か激しい心の動揺を物語っていたようである。
傍らの美しい女《ひと》も、何か言おうとして二人の顔を見くらべたまま、胸のあた
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