」
中野が呆然と立ちすくんでいると、慶子はその横顔を面白そうに見上げて
「くッくくくく」
と、まるで悪戯《いたずら》ッ子がうまく相手を嵌《は》めこんだ時のように、いかにも嬉しそうに笑っていた。
「一寸、壮観でしょう……、私もはじめは、まるで私の影がそこら中にうろうろしているみたいに感じて、ずいぶんヘンだったんですけど……でも、馴れちまったわ。却ていい時もあるわよ、私が悪戯しても誰が誰だか解《わか》んなくなっちまうんですもん」
「……しかし、よくもまあこんなにソックリな人をあつめたもんですねえ」
中野は、実際のところ一と眼慶子を見た時から、理想の女性にぶつかったような、自分の一生には、もう二度とこれ以上の女性《ひと》には逢うまいと思うような感激を覚えていた。それが、その慶子とソックリの女性に、こうずらりと並ばれて見ると、眼がくらくらするような気持ちであった。
「集めた、のじゃないわよ、造られたのよ」
彼女は、とんでもないことを、平気でいった。
「造られた――?」
中野は、ギョッとしてもう一遍見廻した。しかし人造人間にしては、あまりに精巧だった。精巧でありすぎた。
いかに科学万能の秘密境であるかは知らないが、この一人一人が造られた人間だとは、とても信じられなかった。
「造られた、っていうと、人造人間だというんですか――」
途端に、えらい騒ぎがはじまった。
「あーらいやだ」
「やだわ、あたしたちが人造人間だなんて……」
「少し面喰《めんくら》っているのよ、この人」
「ねえ、慶子さんこの人なんていう名?」
「教えてよ、いいじゃないの」
「ちょっと、ハンサムじゃない?」
ずらりと並んでいた、『慶子たち』が一斉に喋べり出したのだ。姦《かまび》すしさはこの科学の島でもいささかも変らなかった。中野は血が頭にのぼって行くのを、自分でも知っていた。ただその中で
「あたしたちが人造人間だなんて……」
といった言葉だけは、ぴんと耳に響いた。
(人造人間ではないのか、――とすると)
とすると、慶子のいう『造られた』という意味がわからなかった。
中野は、頭をかかえて、もう少しで逃げ出すところだった。もしその時、船からの荷上げを指図していた細川三之助が来てくれなかったら本当に逃げ出していたかも知れない。
叔父は何かいうと『慶子たち』を研究室の方へ、追いやってしまった。
「どうしたんだい、島に上《あが》る早々この騒ぎは……」
「どうも、僕にもわからんのです」
中野が『造られた』という意味を糺《ただ》すと
「そうか、そういう訳か、そりゃ慶子さんの説明不足がわるいぞ」
叔父は、一寸慶子を睨んで見せると
「残念ながらこの島でも、人造人間をあれほど精巧に造るまでにはいっていないよ。何しろあの人たちは本当の女性《ひと》なんだからね……ただ整形外科の医学の方は人の顔の美醜を自由に造りかえる位にはいっている。顔の美醜といっても、眼は二つ鼻と口は一つというように造作にかわりはないんだ。要するにその造作の配置の問題だからね。その配置さえ適当にすれば醜女《しこめ》たちまち絶世の美女となるわけさ……といっても真逆《まさか》シンコ細工のようにちょいちょいするわけには行かんから、勢いモデルが必要となる。そのモデルに撰ばれたのが、ここにいる慶子さんだ。だからソックリ同じ美女が、ずらりと出来上ってしまったのさ……」
「なるほど――」
中野は、やっと呑込めた。と同時にいささか満足でもあった。自分が思ったように、彼女はこの『日章島』に於いても、モデルにされるほど美しいのだ、と。
「でも、いやあね、ぱったり道で会ったりすると、どきっとするわよ」
「そうでしょうね、しかしそれ位は安い税金だ――」
「まあ……」
彼女は、薔薇の葩《はなびら》のような頬をして、わざと向うを向いてしまった。
六
叔父の案内で、中野は四季の花の咲き乱れる花園を抜けて、研究室の方に進んで行った。
硬質|硝子《ガラス》で造られている研究室の採光は、申分なかった。地上には一階しか出ていなく、平家《ひらや》のように見えたが、実は地下に数十階をもっている広大なものだった。地階の部屋には、全部冷光電燈がつけられてあった。冷光電燈はエネルギーを百パーセント光として使っているもので、普通の電燈のように、大部分を熱に消費してしまい、僅かにその何パーセントかを光として利用するものとは比べものにならないほど高能率のものだった。その上温度と湿度を調節され、クリーニングされた空気が爽かに流れている。ただ一つ、何時の間にか慶子が姿を消してしまったのが残念であったが……。
叔父はそんなことには一向にお構いなく、中野に振りかえる余裕も与えないほど、どんどん進んで行った。
最初に押したドアーには、
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