こに十何年もいたんですか。何をしているんです」
「……ある人の頼みで研究に従事しているんだ。秘密が洩れぬよう音信不通の約束でね……、こんどだって必要なものを買いに行ったんだがあのK海岸のように混雑している所の方が却て眼立たぬつもりでいたのに、お前がいたのは運のつきだった」
「しかし、この船などから見ると相当大規模なことをしているようですが、一体誰が経営しているんです?」
「名はいえないよ、言えばすぐわかるからね、つまりその人はアメリカからの帰りに、船が難破して、やっと助けられたものの頭が少し変になったといわれている大金持だよ。実は漂流しているうちにこの島を発見したのでわざと頭の調子が悪いように見せかけて内地を去り、我々のような者を集めてその島に一大科学国を造っているわけなんだ。その意味で震災は科学者が大量に姿を消すにはこの上もないチャンスだった。あの時に行方不明になったという者の大部分は、現在盛んに研究に従っているからね」
「……まるで夢物語ですね」
「ばかをいってはいかん。……尤もお前たちから見れば『夢物語』のようなことかも知れないがね。がこの船のようなスピードを出したものは他にあるまい。人類の達した最高の速度の中に、今お前はいるんだ。これほどハッキリした話はあるまい」
「…………」
「一秒間に三百四十米という音と同じ速さは、ほぼこの地球の自転の速さに匹敵する速さだ。だからもしこの船が地球の自転と反対の方向に駛《はし》ったら、永劫に夜というものを知らないでいることが出来る……、恐らく空気中では最高の速度だといっていいだろう」
「すごいもんですね……それにしても一向に震動がないじゃありませんか、波なんか問題にしないんですか」
「波? はっははは」
叔父は始めて笑って
「冗談じゃない本当に海の上をすべっていたらとてもこんなスピードは出ないよ、この船は実際は海の上五米ばかりの所を飛んでいるんだ、船の形をしているのは結局人の眼をさけるためさ……」
そういっているうちに、急にスピードの落ちて来た感じがすると、ゆたりゆたりと波のうねりも伝わって来た。
「着水したんですね」
「うん、島についたんだ」
「どんな島です……」
中野は窓際に馳寄ると、外を覗いて見た。しかし、其処は、右も左も満々たる大海原の真只中で、針でついたほどの島影も見えない――
「まだ、ですね」
「いや、そこだよ」
「でも見渡すかぎりの海で……」
「島は隠してあるのさ、俗物の近寄らんように」
「島を隠してある?」
「そうだよ、つまり蜃気楼、人工蜃気楼で一面の海のように見せかけてあるんだ」
「ほう……」
「これなんか一寸面白いと思うね。例えば敵機が大編隊で東京を空襲に来る。防禦の飛行機が舞上るが、とても全部撃墜というわけには行かない。半数位は薄暮の東京上空に侵入して毒ガス弾、爆弾を雨霰《あめあられ》と撒きちらし、東京全市は大混乱の末、まったくの廃墟と化した――、と思うと、実はこれは人工蜃気楼で東京全市を太平洋に浮べてあっただけだから、敵は命がけで遠い所を爆弾を運んで、なんのことはない太平洋に爆弾を棄てに来たようなものであった……とはどうだ。面白い筋書じゃないか」
細川三之助は、なかなか饒舌だった。
なるほど面白い話だけれど、しかし中野五郎は、いま後《うしろ》のドアーを細目にあけて覗きこんだ慶子の眼と、人工蜃気楼の奥にかくされた、まだ見ぬ島の様子の想像とに、すっかり気を奪われて、うわの空であった。
五
人工蜃気楼の奥に秘められた科学の島『日章島』に、小池慶子にともなわれて上陸第一歩を印した中野五郎は、先ずのっけ[#「のっけ」に傍点]から驚かされどぎも[#「どぎも」に傍点]を抜かれて眼を見張った。
科学の島というからには、無風流極まる、コンクリートの工場地帯を思わせるような風景を想像していたのだか、一歩、人工蜃気楼の障壁を這入《はい》ると、其処に、忽然と繰展《くりひろ》げられたのは、言葉通り百花繚乱と咲き乱れた花園のような『日章島』だった。南国の明るい光りの中に、桜も藤も、グラジオラスもダリアも、女郎花《おみなえし》も桔梗《ききょう》も……四季の花々が一時に咲き競っている様は、一寸常識を通り越した見事さだ。そしてその向うに、夢のような美しい線をもった硬質硝子製の研究室が続いていた――。
が、それにも増して驚いたのは、迎えに出て来た十人ばかりの少女で、それが揃いも揃って、まるでハンコを捺《お》したように、彼の傍で微笑している小池慶子とソックリ同じなのだ。
双生児《ふたご》というのは、少しは滑稽味もあるけれど、しかしソックリ同じ貌《かお》かたち体つきの少女が、ずらりと十人も並ばれて見ると、中野は何かしら圧迫感を覚えるばかりだった。
「一体これは……
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