んでいるのかを見てやろう――と思いついたからであった。も一つ、そういう密航を簡単に決心させたのはどうやら先刻《さっき》この船にいた、あの美少女のせいでもあるらしかったが……。
 そして、何分ぐらいたったであろうか。すくなくとも十分とはたたなかったようであるが、中野は、海風が妙にひんやりして来たのに気づいた。そういえば、かすかではあるが、この船は震動しているようである。
(おや、動き出したのかな……)
 と思っているうちにも、スピードはぐんぐん上《のぼ》って行くらしかった。いまにも吹き飛ばされそうな風圧が加わって来た。
 息も出来ないような風圧に慌てた中野は、つい二三歩ばかり離れた艙口《ハッチ》に、やっとのことで飛つくと、無我夢中で船内にころげこんだ。
 ほっと息がつけた。この船は、想像も出来ないような猛スピードで駛《はし》り出したらしい。
 と、その中野が転げこんだ物音を聞きつけたのか、船室のドアーが開くと、ひょっこり顔を出したのは、あの美少女だった。
「あら……」
 向うでは、其処の壁に靠《もた》れて、肩で息をしている中野を見ると、ひどくびっくりしたらしかった。
「あ、さっきは失礼しました……。もう一度叔父に会いたいと思っているうちに動き出しちまったもんですから……。」
 ぴょこりと一つ頭を下げると、出来るだけ好意をもたれるような笑顔を作った。
「まあ、今迄デッキにいらしたの……、よく飛ばされなかったわね」
「まったく……、えらいスピードですね、おまけにすーっと出たんで何時《いつ》動き出したんかちっとも知らなかった」
 と一と息して
「――それにしても、一向エンジンの音がしませんね」
「エンジン――?」
 彼女はききかえしたけど、すぐ独りで頷いて
「そんな旧式なもんつけてませんわ、これ電気船ですもん」
「ははあ、するとやっぱり蓄電池かなんかで……」
 中野は、そういえばこの船がスマートな流線型であるのは、煙突というものがなかったせいだ、と気づいた。
「蓄電池なんて、そんな重たい場ふさぎなもんなんて、使っていませんわ」
「へえ――、するとどういう仕掛けで」
「どういう仕掛けって、なんていったらいいかしら、無線で電力を受けて、それで動かしているのよ」
「ははあ……」
「つまりラジオのように放送されている電力を受けて、動かしているわけ」
「……うまいことを考えたもんですね、しかしそんな『電力放送局』があるんですか」
「あるわよ、あるから動いているんじゃなくて……」
「……成るほど」
「あなたの叔父様の発明よ」
「あ、叔父、細川の叔父の――」
「ええ……」
「ど、どこにいます?」
「あちらの機械室に……ご案内しましょうか?」
「いや、あとでいいですよ――。僕は中野五郎という者で」
「さっきお聞きしましたわね、ほっほほほ、私の名はもっと憶えいい名よ、小池慶子」
「小池慶子――さん」
「ええ、逆《さかさ》に読んでもコイケケイコ……、憶えいいでしょ、ほほほほほ」
 まるで屈託とか含羞《はにか》みとかは、何処にもないような明朗娘だった。

       四

 見事な白髪になった細川三之助は、船長室のような豪奢な部屋で、独り大型デスクに倚《よ》っていた。
「あ、お前は……」
 彼女に導かれて入って行った中野を見ると、思わず腰を浮かしたようだったけれど、すぐ又、表情を顔から拭い去って
「どうして此処へ――」
「うっかりしている間《ま》に船が動いてしまっていたんです……、それに、一寸慶子さんと話していたもんですから」
「困るねえ……もう陸からは一千|粁《キロ》も離れているんだ。今更かえっている暇はない」
「一千粁――? そ、そんなに……」
「そうだよ、この船はお前たちの考えている飛行機よりずっと速いんだ、『音』と同じ位の速度が出るんだからね、一秒に三百四十|米《メートル》としても……もう三十分にもなるから九十一万四千米は来ている――」
 細川三之助は、こんどは慶子の方に眼をやった。
「こんな男が乗ったのを、なぜもっと早くいってくれないんです?」
「……うっかりしてましたわ」
 彼女は、恐らく生れてはじめてらしいような照れ気味な顔をすると、ぴょこりと頭を下げて部屋を出て行ってしまった。
「――困ったね、他人《ひと》には絶対見せられない所へ行くんだが」
 叔父は、額に深い竪皺《たてじわ》を寄せ部屋の中をぐるぐる歩きはじめた。この癖も中野の記憶にあった。叔父は何か考え事があると昔もよくそうしていた。
「一体、何処へ行くんですか」
「一体何処って、まあ、仕方がない、太平洋上のある島だよ、無論地図にもない島だ」
「そんな島があるんですか」
「現にあるんだ、勿論普通の航路からはずっと離れたとこにあるし、低い島だから余程そばに来てもなかなかわからない」
「そ
前へ 次へ
全7ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング