流しの醸す雰囲気は、誰だって、溜らなく好ましいものに相違ないのですから……。
――一方、又、景岡にとっては、この放心したような、自由な姿体を持った裸の群れを、彼の檻《おり》の中に置いて、どんなに狂喜したことでしょう。
景岡秀三郎は、殆んど総ての時間を、浴槽の下にある、薄暗い部屋で送っていました。その部屋は、勿論景岡一人しか知らない秘密の部屋で、浴場の裏に附属している母屋の、彼の私室である二階から、裏階段を通って直接下りて行く以外に道がなく、従って、雇人たちの眼に触れずに、こっそり[#「こっそり」に傍点]と往復することが出来るのでした。
その部屋の様子は、一口でいえば、硝子張の天井を持ったコンクリート造りの地下室――だったのです。
地下室で、四囲《あたり》は真暗ですから、頭の上の硝子張(浴槽の底)を透して来る光だけが、ほのぼのと部屋を照らしていますその光りで見ると、その部屋にはたいして道具などもなくただ、安楽椅子ともいうべき寝椅子と、その他二三脚の普通の椅子、それに莨盆《たばこぼん》を乗せた小さい卓子……等だけが、ほんのりと浮き出して見えるきりです。
二三尺もお湯を透して来る光
前へ
次へ
全13ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング