した。
『しばらく、待った……きのうは、行き違いになってしまって――』
 私は、黒住が来たら、いまの今まで、約束の時間を無視したことを、詰ってやろう、と心構えにしていたのだが、一目彼の様子を見ると、その余りに憔悴《しょうすい》した容貌に押されて、口を噤《つぐ》んでしまった。
 その高く突出した頬骨の下に、洞穴《ほらあな》のように落ち窪んだ頬、いつの間にか老人のように蒼白くたるんでしまった皮膚、どんよりと灰色に濁った瞳、それらと奇怪な対照をなす真赤な薄い脣――これらは一体、何を語るのであろうか……。
『どうしたんだい君、病気なのか――』
『いいや』
 黒住はだるそうに、口を動かし始めた。
『手紙の返事も出さないで、悪いとは思ってたんだが、何しろ、今、一寸重大な実験をしてるんでね――』
『重大な要件、っていうのは』
『それなんだ、実は、僕はもう長いことないかも知れないんで、君に、色々頼みたいこともあるんで……』
『バカな――』
 私はそれとなく、さっきから黒住の薄い影を気にしていたので、思わず大きな声でその不安をはね飛ばそうとした、だが黒住は案外落着いて
『いや、ほんとうだよ。でも僕は命な
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