やかに印刷されていた。私の目には、その文字がピョコンと飛出してみえた。
 周章《あわて》て裏がえしてみると、名刺の裏には鉛筆のはしり書きで――御無沙汰失礼。お留守で残念だった、重大な要件で、是非一度会いたい、明日午後六時銀座ナイルで――
 と、簡単に書いてあった。
(行き違いだったのか)
(それにしても、重大な要件とは――)
 でも、あした[#「あした」に傍点]の六時にはすべて解決するだろうと思った。

      四

 先刻、 ! ! ! ! ! !
 と、喫茶店ナイルの時計が、私の肩の上で鳴ったが、黒住は、まだ現れなかった。
 総硝子張りの、温室のような近代構成派の喫茶店ナイルは光々と白昼電燈に照らし出されていたが、硝子戸一枚の外はあの銀座特有のねっとりとした羊羹色の闇が、血管のようにくねくねと闇にはしるネオンサインを小さく瞬《また》たかせながら垂れ罩《こ》めていた。
 もう冷えきったコーヒーのカップを口に運ぼうとした時だった。冷ッとする空気と一緒に、ドアーを押しあけて、はいって来た男があった、一目で私は
(黒住――)と直感した。
 黒住は、薄く笑いながら、私の前の椅子に腰を下ろ
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