それが、真夜中なんかに、ふいとお出掛になられますので、ハッキリ申し上げられませんけど、今日は御食事のお知らせもございませんし、……多分お出掛と思いますけど……』
『兎《と》に角《かく》』私は(ここまで来たついでだ。)
 と思うほかに、いよいよ不安が増して来たので
『兎に角、一度その部屋をみせてくれませんか――』
 とばあや[#「ばあや」に傍点]に案内してもらって、その部屋へいってみた。
 成るほどその部屋は、頑丈な、分厚つそうな樫のドアーに堅く閉され、一寸、押してみた位ではびくともしなかった。
 耳を澄ましてそのドアーに押しつけてみると、中ではただタチタチタチと、時計の音が絶え絶えに響いているばかりであった。
(一体、これはどうしたというのだ……)
 私は、むくむくと入道雲のように拡がる不安と、様々な想像とを倍加されただけでむなしく帰らなければならなかった。

      三

 暗い夜霧の下をくぐって、私がアパートに帰りついた時だった、アパートの入口の事務所のおじさんが、
『一寸、お留守にこの方が見えましたよ、……顔色の悪い人ですねェ――』
 と差し出された名刺には、「黒住箒吉」と鮮
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