森に続いていた。私は黙々として記憶の道順を反芻しながら、いくつかの十字路を曲ると、むくむくと生え並んだ生垣の中に、ぼんやりと輪を描く外燈を発見した。
 私は、も一度「黒住」とかかれた真ッ黒い表札を確めると玄関の格子戸を細目にあけ、案内を乞うてみた。
(はい……)
 そんな返事が、台所の方できこえると、ばあや[#「ばあや」に傍点]が、濡れた手を、前掛で拭き拭き出て来た。
『まァ、春樹さんじゃありませんか、まァまァすっかりお見外《みそ》れいたしましたよ、ほんとにお久し振りで……』
 ばあや[#「ばあや」に傍点]は久し振りの訪問者を、嬉しそうに迎えてくれた。
『まったく、御無沙汰しました。……箒吉君は――』
『ええそれが……まァおかけ下さいまし』
 ばあや[#「ばあや」に傍点]は蒲団を押出すように、私の方に寄来した。
(いないのか――)
 私は軽い失望を味わって、蒲団に腰を下ろした。
『それが貴方……』
 ばあや[#「ばあや」に傍点]はいかにも大事件だ、というように手をふりふり話し出すのであった。
『まァほんとうに、貴方様に来ていただいて、どんなに心強いか、知れはしませんわ……ええ、そりゃ御
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