な、センセイショナルな見出しが、うちたてられてあった。
眉をしかめてその記事を読み下して見ると
[#ここから2字下げ]
今夏以来帝都を襲った睡魔『眠り病』の罹病者数は、秋冷厳冬の期を迎えても尠《すこ》しも衰えず、寧ろ逐次増加の傾向を示して当局必死の防疫陣を憂慮せしめていたが、俄然昨十日に至ってかねて罹病率の高かった工場地帯は勿論、ほとんど全市一円に亘って爆発的の発病者を出し、或いは執務中、或いは歩行中の者までが突然の発病に打倒れ、又は別項の如く進行中の電車の運転手の発病によって追突の惨事まで惹き起すにいたり、関係当局を極度に心痛せしめている、発病者は矢張り過労者及び幼小児に多いがしかし原因治療法ともに全く不明のため防疫は消極的にしかも困難を極めており、この爆発的発病数が続けば、ここ数旬にして帝都は挙げて睡魔の坩堝《るつぼ》と化し、黒死病の蔓延によって死都と化した史話の如く、帝都もその轍《てつ》を踏む惧《おそ》れなしとしない、なお当局では外出より帰宅の際はかならず含嗽《がんそう》を十分にして……
[#ここで字下げ終わり]
そんな様な意味の記事だった。
「なるほど、ね」
「まだある」
喜村は、村田が読み終るのを待って、こんどは神奈川版と書かれた面を指《ゆびさ》した、見ると茅ヶ崎にも。という見出しで、矢張りきのうの午後六時頃、小学生の一人が、眠り病の発病をしたことが報ぜられていた。
「ふーん、ここも危くなっちまったんだね」
「そうなんだ、美都子もくさっていたよ、それで君のことを気にして、早く起して見ろなんていっていたんだがね……。それはそうと、これは素人《しろうと》考えだけど、この眠り病の病原体ってのは、大陸から来たんじゃないかね――」
「どして――?」
「どして、っていうと困るが、つい一ト月ぐらい前にね、ここで訓練した軍用犬に附《くっ》ついて国境の方まで行って見たんだが、あの辺にも相当この病気が流行《はや》っているらしかったぜ」
「ほう、初耳だね」
「別に、新聞にもそんなことは出ないようだがね」
「初耳だよ、で、犬はなんともないのかい」
「犬にゃ眠り病もないらしいね、しかしどういうもんか向うに行くと神経質になって、吠《ほえ》てばかりいて困ったが……」
「…………」
しばらく眼をつぶっていた村田が、急に蒲団《ふとん》から飛起きた。そして
「君、君、きのう此処で吠た犬はなんていったっけね?」
「なんだい急に――、ゲンのことかい」
「そう、それそれ、それとあのポケットテリヤを借してくれないか」
「借してくれ――? どうしたんだい一体」
「いや、急に思いついたことがあるんだ、眠り病だ」
「しっかりしてくれよ、なにいってんのかさっぱりわからんじゃないか……」
「……、そうか」
村田は、やっと苦笑すると
「とにかく、その二匹を借してくれたまえ、東京に連れて行って研究したいんだ」
「研究材料にはもったいないよ、そんなことなら野良犬で沢山じゃないか――」
「いや駄目だ、あの二匹にかぎる」
「無理いうなよ……」
「無理なもんか、別に殺す訳じゃあるまいし、それに、人の命にくらべれば問題にならんよ」
「だからさ、どういうわけであの二匹を君が……」
そんな押問答をしていると、突然犬小屋の方に、けたたましい吠声が起った。
「君、あれがゲンの声かい?」
「そうだよ……」
「よしッ……」
村田は、いそいで洋服に着かえはじめた。あっけにとられている喜村の眼の前で、村田が最後の上衣の袖に手を通した時だった。
美都子が、いそいで這入って来た。
「お兄様――」
「なんだい。……そんな真蒼《まっさお》な顔をして」
「だって、だって山田が急に倒れたのよ、犬小屋の前で寝てしまったのよ」
「えッ、山田が、寝てしまった?……」
喜村の顔にも、さっと青い恐怖の色が流れた。
「なに、眠り病ですか? 占《し》めたッ」
村田は、そんな辻褄《つじつま》の合わぬことを叫ぶと、ぱっと部屋を飛出した。
喜村も美都子も、あわててその後を追駈けて行った。
五
部屋を飛出した村田は、庭を抜けて犬小屋の方に駈けて行く。
そして、盛んに吠たてているゲンの犬舎の前まで来ると、後から行く喜村と美都子が、あっ、と思う間に、金網の戸を開けてしまったのだ。
「おい、村田!」
喜村の制止する声も間に合わなかった。
そればかりか、得たりとばかりに飛出して、柵をくぐり抜け砂気の多い道を林の方に駈けて行くゲンのあとを、村田もまた夢中になって追駈けて行くのだ。
「おーい、おーい」
仰天した喜村は、いくら呶鳴《どな》っても振向きもしない村田のあとから、美都子と肩をならべて駈けだした。
「仕様がないな、どうしたんだろう」
「ヘンねえ、少し来たのじゃないかしら」
美都子は駈けな
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