がら、その断髪の頭を振って見せた。
「そうかね、……あんまり眠り病、眠り病で研究させられているところに、ばたばた人が倒れるのを昨日からさんざ見せつけられたんでカッとなったかな」
「そうかも、しれないわ、だけど、早いわね、ずいぶん」
彼女が、はあはあ息を切らした時分に、やっと林のあたりまで行きついた村田が、急に立止って、こんどはうろうろしているのが見えた。
「やっと止まったわ、何さがしてんでしょ」
「あ、ゲンもいる、ゲンも――」
喜村は、村田よりも、ゲンの方が気になっていたらしい。
やっと追いついて
「どうしたんだい、一体。――あ、ここは昨日眠り病が出たという家だぜ」
「しーっ」
村田が、手を振って制した。ゲンが唸り出したのだ。眼を光らし、牙をむいて、そこの農家の二階づくりの納屋を見上げている。
「うーん、ここだな、この納屋の二階だ」
村田も、低く唸るようにいって、眼を光らした。そして
「君、ちょっと待ってくれよ」
いいのこすと、意を決したように、納屋の入口の藁《わら》たばをがさがさ鳴らして踏み越えて行った。ゲンも、尾をぴんと立てて続いて行く。
「なんだろ、こりゃ――。まるで訳がわからんね」
「泥棒かしら……」
「まさか」
納屋の二階を見上げて、ひそひそ話し合っていると、突然ゲンのけたたましい吠え声――、続いて誰かが床板に叩きつけられる様な音にまじって、鋭い怒声罵声ががんがん響き、えらい騒ぎになって来た。
「おーい、村田、どうした」
喜村が、納屋の入口に首を突込んで呶鳴った時だ。
「畜生!」したたかに撲られた音がすると、いきなり眼の前に、ゲンと絡み合った黒い洋服の男が落ちて来た。
続いて村田の息を切った声が二階から
「喜村。逃がすなッ!」
「よし!」
手元にあった藁縄を掴んで、きっと身構えた。しかし落ちて来た男は、逃げるどころか打ちどころが悪かったらしく、すでに眼を廻してしまっていた。
なおも敦圉《いきり》たっているゲンを離すと、ともかく後手《うしろで》に縛り上げて
「おーい、村田、大丈夫か」
「大丈夫――、喜村、ちょっと来て見ろよ」
掛梯子の上から覗いた村田の顔は、左の眼のあたりが薄痣《うすあざ》になっていた。
「相当やられたな……」
「なあに……。これだ、これを見ろよ」
村田の指さすのを見ると、その納屋の二階の薄暗い片隅に、大型トランク位の鉄製の箱が置かれ、むき出しの天井を匐《は》っている配電線に結ばれていた。
村田は、その電線を引千切《ひきちぎ》りながら
「これだよ、これが眠り病の正体だ――」
「えッ、こ、これが眠り病の――」
「そうさ」
「そうさ、って君、これはただの箱じゃないか、眠り病というからには何んか……、それともこの箱が眠り病の病菌の巣かなんかで……」
「いやいや、これは機械だよ」
「機械――?」
「そうさ、いま東京中に猖獗《しょうけつ》している嗜眠性脳炎を病理学的にやろうとしたのが間違いなのさ、思えばずいぶん無駄な努力をしたもんだ、いくら顕微鏡なんかを覗いたって病原体なんか見つかる筈がない」
「というと」
「つまり、これは大陰謀なんだ、帝都を眠り病の死都と化さしめようという、恐るべき大陰謀だってことが、タッタ今わかった……」
途端に、納屋の外で、美都子の悲鳴が起った。慌《あわ》てて駈下りて見ると、縛り上げられた男が、やっと気づいたと見えて、むくむく動き出しているところであった。
早速自転車を馳《は》しらせて、一応警察の方にその男の始末を頼んで置き、意気揚々とした村田を真中に、喜村の家にかえって来た。ゲンも尾を振りながら、穏和《おとな》しく追《つ》いて来て、自分で小屋に這入ってしまった。
六
「しかし、君、あんな機械でどうして眠り病が出来るんだい」
部屋に落着くのを待かねて喜村が聞きかけた。きのうから眠り病の惨禍《さんか》を、まざまざと見せつけられているし、それが何者かの大陰謀だとあっては、なおさら聞きずてならぬことだった。
「あの箱がくせもの[#「くせもの」に傍点]なんだ、電燈線に接《つな》いであったろう――、あれは電燈線を動力として簡単に超音波を発生する装置なんだよ」
「超音波――?」
「いかにも」
村田は、大きく頷いて
「その超音波こそ、嗜眠性脳炎――俗称眠り病の原因なんだ」
「ふーん」
「眠り病の原因が物理的なもんだとは古今未曾有の大発見さ……、しかもこれを素早くスパイの奴が利用していたんだから恐ろしいね、東京全体を眠り殺すばかりか、君の話によると国境方面の警備隊にまでやっていたんだからね……、殺人光線が掛声ばかりで、空気中に導帯をつくる問題で行きなやんでいる際に、その恐るべき殺人音波、眠り音波が着々と猛威を振いはじめていたんだぜ」
「ふーん、しかし、
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