って、今までの成り行きを一生懸命|反芻《はんすう》してみたのだが、その記憶は極めて断片的なものでしかなかった。
だが、彼女銀子に関しては、また余りにも鮮明な色彩をもって浮びいづるのだ。銀子の横顔に写る陽射しは儚《はか》なき男の血潮であろうか、その接吻《せっぷん》に腫《ふく》れた唇、そしてまだ陽を見たことのないクリーム色の(十二|字《じ》削《さく》)そして彼女の完全な(それは、悲しい、思っただけでも胸の疼《うず》くような)離反! 自棄酒《やけざけ》。そして自分は今まで、この始めて逢った男の、奇妙な話振《はなしぶ》りを夢中になって聞いていた……。
然《しか》し、何故《なぜ》この男と知り合になったのだろう――そうだ、停車場《ていしゃば》へ行く道を訊いたのだった――フトその記憶に辿《たど》りつくと、中田は思わず足を止めて、改めてあたりを見廻して見た。だが、あたりは依然として、人家さえ視界から取払われた、曠茫《こうぼう》とした荒野にとりかこまれていた。それどころか――朝から天候の悪かった所為《せい》もあろうが――もうなんとなく薄暗くさえなって来て、荒涼とした廃頽的《はいたいてき》なこの原が、
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