る道の向うから、も一人中田のように何か口の中で呟《つぶや》きながら、蒼白い若い男があるいて来た。
 その男はこの寒空に、着流しの着物をしどけ[#「しどけ」に傍点]なく開いて、猫じゃらしの帯が、いまにもずり落ちそうに見えた。着物は――中田の朦朧《もうろう》とした眼《まなこ》には、黒っぽい盲縞《めくらじま》のように思えたが、それが又、あたりの荒廃色と、妙に和合するのであった。
 中田は行きずりに、フト
『駅へは、どっちに行くんでしょう……』
 と、呟くように訊《き》くと、その若い男は、ギクンと立ち止まって、中田の顔を覗《のぞ》き込むと言葉|短《みじか》に
『こっちです』
 そういって、くるッと後《あと》を振り向き、今彼がやって来た方へ、コソコソと帰り始めるのだった。
 中田は、霞《かす》んだ頭の中で、
(案外、親切だな――)
 と小さく呟くと、遅れないように、その男と肩を並べてあるき出した。

      二

 それと同時に、宿酔《ふつかよい》に縺《もつ》れた中田の頭も、今日一日の目茶目茶な行動から、漸《ようや》く加わって来た寒気と共に、現実的な問題に近寄って来た。
 彼は矢張り黙りこく
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