暗澹《あんたん》たる夜《よ》の帷《とばり》に覆われるのも、もうさして長い時間がかかろうとは思われなかった。
 中田は淡い後悔と伴に、なんともいえぬ苛立《いらだ》たしさを感じてきた、そして、ついに語気を強めて、その男に訊きかけた。
『君。一体何処へ行くんだ、駅はまだなのか』
 その男は、きょとん[#「きょとん」に傍点]と、中田の顔を見返して
『駅? 駅へ行ってどうするんですか』
『駅へ行って、帰るんじゃないか、この寒いのに僕をどこへ連れて行こうというんだ』
『そうですか、私はまた、あなたが僕の話を聞いてくれるというんで、非常に嬉しかったんですがねェ。誰も僕の話を聞いてくれないんですからね、どうですいい景色じゃありませんか。も少し一緒に歩きましょうよ』
『莫迦《ばか》な、君は一体気違いなのか』
 中田は思わず腹立ちまぎれに怒鳴った。
『気違い?』
 その男は気違いといわれると、急に眼に妖しい光を浮べながら
『誰でも僕のことを気違いというんですよ。世の中なんて利己的な奴ばかりだ』
 彼は如何《いか》にも慨嘆《がいたん》に堪えない、というような顔色をみせた。そして
『それどころか僕を、到頭《と
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