老所長の話は、大体そんなことだった。木曾は、ていよく祭り上げられた恰好で、なんとなく頷いてしまったのである。
 しかし時間が経つにつれて、木曾は自分がここに残ることになったについて、何故あんなにも呆然自失したのか、ということを考えて見る余裕も出来て来た。果してそれは本当に実験への情熱を裏切られただけだったろうか、それとも、ただ未だ見ぬ土地というものへの漠然とした憧れであったのか――、それが自分でもはっきりわからなくなって来た。実験ならここでも今までに相当なことはして来たつもりだ、しかも西欧科学と遮断されている今日、好条件の場所で、気鋭の者たちのあげるボルネオ支所の業績は、そのまま絶好の競争者を得た励みとして感じられぬこともないではないか。面白い――。
 磁気学研究所実験室主任木曾礼二郎は、時と日が経つにつれて、やっと元気を取り戻して来た。
「所長もいっていたがね、同じ赤道直下の場所でも、なぜボルネオを選んだかというとね、東漸して来た西欧文明は先ずジャバ島に上陸した、そしてジャバ島を殆んど西欧化して東印度で一番の開発された島としたんだ、そしてなおも東漸しようとしたがボルネオはまだ本当に手
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