すぐ耳元に迫り、激しい息使いが、気味悪く大村の横顔を打っていた。
「――、おい誠子《まさこ》、さっきの茶に混ぜといた薬がやっと効いて来たようだぜ、二人ともぐっすりといい気持に睡《ねむ》ってる、ふっふふふ」
(エッ――?)
 大村は、ドキンとして飛起きようとした。だが、どうしたことか手足はまるで鉛のように冷たく重いのだ。声さえも出ない。誠子と呼ばれたあの妹が、何かいっていることすら聴こえない。
 ただ耳元で激しい息使いとともに喋べる志賀健吉の悪魔のような声だけが、途切れ途切れにひびいていた。
「――、ありがたい、いよいよ最後の実験が出来るぞ、草や木はもう沢山だ、人間の染色体を増してやったらどんなことになるか?……男は四十七だからそれを二倍の九十四と、それから三倍の百四十一とにしてやろう……この二人が世界最初の『火星人』となって成功するか、成功したらきっと今までの人間なんか猿のように見える、素晴らしい新人類が出現するかも知れんぞ……それとも、まんまと失敗するか……なあに失敗したって……」
 大村は、もう頭の中まで、すっかり冷たい鉛になってしまった。それ以外何も聴こえなくなってしまったのだ―
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