て不思議な魅力のあることを、私も否《いな》めなかった。
 だが、ひどく利己的な、その癖極めてお体裁屋の私は、このアクティヴな力を圧倒してまで飛込んで行くことが出来なかった、それで人足先きにマダムへのスタートを切ったらしい青木を、ただニヤニヤと見つめるのであった。そして私は、前いったように、諸口さんの方から自分に接近して来るのを、巣を張った蜘蛛のように、ジーッと、そのくせ表《うわ》べは知らん顔をして待っていたのであった……。
       ×
 深閑として、午前の陽を受けている。このサナトリウムに沁みわたるように鐘が鳴った。九時、診察の知らせである。この病院では軽症患者は医局まで診察を受けに行くのが慣わしであった。
 鐘が鳴ると、そこここの病棟から廊下伝いに、或は遊歩道の芝生《ローン》を越えて集って来た患者が、狭い待合室の椅子に並んで、順番を待っていた、第三病棟からは私を入れて例の四人だけが廊下伝いに行くのだ。
 広い廊下の片側にずらりと並んだ病室の中には、老いも若きも、男も女も、様々な患者が、ジーッと白い天井を見つめていた。その人たちは私達が歩いて医局まで診察を受けに行くのを、さも羨《
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