後の散薬を飲むまでの約三十分間を、この二階のサン・ルームから松の枝越しに望まれる碧《あお》い海の背を見たり、レコードを聞いたり、他愛もない話に過すのであった。その時はマダム丘子の殆んど一人舞台であった。白い、クリーム色に透通った腕を拡げて大仰な話しぶりに一同を圧倒してしまうのだ。
「今日は私も少し熱が出たわ……」
 一わたり雑談をしたあとで、何を思ったのかマダム丘子はそういって、私達を見廻した。
「どして……」
「どうかなさったの――」
 諸口さんは、心配気に訊いた。
「ほっほっほっ、月に一遍、どうも熱っぽくなるの」
「まあ……」
「ほっほっほっ」
 マダム丘子のあけすけな言葉に皆はフッと視線を外《そ》らして冷めたいお茶を啜った。私は青木の顔を偸見《ぬすみみ》ると、彼は額に皺を寄せた儘わざと音を立てて不味《まず》そうにお茶で口を嗽《うが》いしていた。
 青木は、ありふれた形容だけれど鶴のように痩せていた。彼は美校を卒《で》て、朝鮮で教師をしていたのだが、そこで喀血すると、すぐ休暇をとって、来た、というけれど、今はもう殆んど平熱になっていた。彼は朝鮮を立って関釜《かんぷ》を渡ってしまうと
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