歯刷子とチューブを掴み出してすぐあとに続いた。
       ×
「お食事です……」
 看護婦が部屋毎に囁いて行った。軽症患者はサン・ルームに並べられた食卓につくのがこのサナトリウムの慣わしであった。それは一人でモソモソと病室で食事するより大勢で話しながら食べた方が食が進むからであった。
「お早よう……」
「や、お早よう……」
 この病棟には患者が階上《うえ》と階下《した》で恰度《ちょうど》十人いたけれど、ここに出て来るのは私を入れて四人であった。それは私と美校を出て朝鮮の中等学校の教師をしている青木|雄麗《ゆうれい》とマダム丘子――病室の入口には白い字で「広沢丘子」と書いてあったけれど、皆んなマダム、マダムと呼んでいた。だが恐らく彼女の良人《おっと》は結核がイヤなのであろう、既《か》つて一度もここに尋ねては来なかった――と、も一人女学校を出たばかりだという諸口《もろぐち》君江の四人であった。
 さて四人が顔を合わすと、第一の話題は誰それさんは少し悪くなったようだとか、熱が出たらしいとか、まるで投機師のように一度一分の熱の上下を真剣に話し合うのであった、そして食事が済んでしまっても、食
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