わ……」
「ああそうか、悪い時やったもんだナ」
 私もなんだか熱っぽいようだ。
 体温計をこわごわ覗いてみると、七度五分。
(いけない……)
 私は急に胸苦しさを感じて来た。
「僕も熱が出ちまったよ」
「皆さんですわ、……あんなのご覧になると……諸口さんなんかもうお部屋で真蒼になってお寝《やす》みですわよ」
 そういわれてみると、いつの間にか諸口さんも、青木も姿がなかった、私は、
(気のせいだ)
 と思いながらも、七度五分、七度五分と二三度呟くと、又ぐったり寝椅子に埋まってしまった。
 雪ちゃんは、そっと私の足に毛布をかけて行った。
       ×
 やがて蒼空が茜《あかね》のためになんとなく紫がかって来、水蒸気が仄々《ほのぼの》と裏の森から流れ出て来ると、夕食の鐘が、きょう一日、何事もなかったかのように、私のところにまで響き伝わって来た。
 私は少しも空腹を覚えなかったけれど、半ば習慣的に寝椅子から立って、寝癖のついた後頭部《うしろ》を撫ぜながらサン・ルームの食堂に行った。
 食堂へ行ってみると、いつもより心もち尖《とが》った顔をした諸口さんがタッタ一人、ぽつんと椅子にかけていた。
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