のしきたり[#「しきたり」に傍点]であるかのように、その日課は確実に繰返されていた。
 私はベッドに半身を起して、窓越しに花壇一杯に咲乱れた、物凄く色鮮やかなダリヤの赤黒い葩《はなびら》を見ながら、体温計を習慣的に脇の下に挟んだ。ヒンヤリとした水銀柱の感触と一緒に、何ヶ月か前の入院の日を思い出した。
 それは、まだ入院したばかりで、何も様子のわからなかった私が、所在なくベッドに寝ていると見習看護婦の雪ちゃんが廻って来て、いきなり脇の下に体温計を突込み、あっと驚いた瞬間、脇毛が二三本からんで抜けて来た時の痛かったこと……雪ちゃんの複雑な呻きに似た声と、パッと赤らんだ顔……
(ふっ、ふっ、ふっ……)
 なんだか、溜らなく可笑《おか》しくなって来て、思わず体がゆれると、体温計の先が脇窩《わきあな》の中を、あっちこっちつつき廻った。
「ご気嫌ね……オハヨウ――」
「え……」
 はっとベッドの上から入口を見ると、同じ病棟のマダム丘子が、歯刷子《はブラシ》を持って笑っていた。
「や、オハヨウ……」
「いい朝ね、ご覧なさいよ、百合が咲いてるわ」
「そう」
 私は体温計を抜くと寝衣《ねまき》の前を掻き
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