滲《にじ》み拡がった。
(喀血!)
三人は、ハッと飛上った。ガタンと物凄い音がして椅子が仰向《あおむけ》にひっくりかえった。
「……看護婦さん……看護婦さん……」
諸口さんは胸のあたりに顫《ふる》える両手を組合せた儘、蒼白な顔をして呟くように看護婦を呼んでいた。
「マダム、大丈夫、大丈夫」
青木は急いでテーブル・クロスを引めくると、丘子の胸元に挿《はさ》んだ。
俯伏になった丘子の背は、劇しく波打って、咽喉にからまった血を吐出す為に、こん限り喘《あえ》いでいた……。
「大丈夫です、落着いて、落着いて――」
飛んで来た主任看護婦が馴れた手つきで彼女をささえた。
……やっと面《おもて》を上げた丘子の眼は、眼全体が瞳であるかのように泪にうるんで大きく見開かれあらぬ部屋の隅を睨んでいたが、やがて私たちに気がついたのであろうか、絶入るような、低い、薄い笑いを見せた。その時、わずかに綻《ほころ》んだ唇の間から真赤な残り血が、すっと赤糸を垂らしたように流れ落ちて、クルッと鋭《とが》った顎の下にかくれた。
看護婦にうながされて、私たちは匆々《そうそう》とサン・ルームを出て横臥場に行った。
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