の潜在恐怖と、極めて尖鋭された神経の痙攣を半ば不安な気持で、じっと見詰めているより仕方がなかった。
 この麗魔のように思われていたマダム丘子にも、こんな末梢神経的な、それでいて、居ても立ってもいられない恐怖を持っているのかと思うと、既《か》つて考えても見なかった可憐な女性を、そこに感ずるのであった。
 青木も、諸口さんも黙っていた、しかし皆の胸の中には一勢に、あの平凡な、そして奇怪な旋律をもった「ユーモレスク」の一節が、繰かえし、繰かえし反復されていたに違いない……。
       ×
「さあ、安静時間だから横臥場へ行きましょう……いい天気だなア……」
 私はその場のヘンな空気をかえようとして、わざとドンと卓子《テーブル》を叩いて立った。
「そうね――」
 諸口さんも、ハッと眼を上げて腰を浮かせた。
 その時だった。
 ググググッとマダムが咽喉《のど》を鳴らすと、グパッと心臓を吐出すような音をたてて、立ち上りかけた卓子に俯伏《うつぶせ》になった。
「あ」
 と思った瞬間、俯伏になったマダム丘子の口元から透通るような鮮やかな血潮が泡立ちながら流れ出、真白い卓子にみるみる真赤な地図を描いて
前へ 次へ
全30ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング