のが見えた。

     二、真昼は向日葵《ひまわり》の匂いがする

 私は食事中、フト気がつくと視線が丘子の方に向いているのであった。見まい、としても諸口さんから聞いた刺青のことが気になって、つい丘子の一挙一動に気を奪われてしまうのであった。
 暑くなったせいか、近頃メッキリ食慾のないらしい丘子は、うるんだような瞳をして食卓に肘をついていた、そして突然、何を思ったのか「ユーモレスク」の一節を唄い出したのであった。

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月の吐息か 仄かな調《しらべ》は
闇をば流れ来て 侘《わび》しいこの身の
悶《もだ》ゆる心に 響け 調よ。
密やかに慕寄る 慰めの唄
されど尚人知れず 泪《なみだ》さそう詩よ
[#ここで字下げ終わり]

 唄いながら、彼女の眼は妖しく光って来た。不思議なことに、泪を泛《うか》べているのかも知れない。
「ねえこの唄どう思って……」
「どうって……」
「あたし、この唄青木さんから教わったんだけど、『肺病の唄』だと思うわ」
「その文句ですか」
 私はそのあまり突飛な言葉に、呆気にとられて訊いた。
「いいえ、――それもだけど――このメロディよ、ね、よく聞い
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