ぐ解るだろうに、診察の時……」
「それはところ[#「ところ」に傍点]によるわ……」
「成るほどね、……だけどなんの為に――」
「あらやだ、あたしそんなこと知らないわよ、だって壁越しですもの……」
「ふーん」
「……とっても、親しそうだわ……」
 諸口さんは欠伸《あくび》をするように、口へ手をあてた。
「ふーん」
 この話を聞いている中《うち》に、私はまだ既《か》つて経験したことのない、激しい不愉快さを覚えた。これが嫉妬であろうか、虫酸《むしず》の走る、じっとしていられないいやあな[#「いやあな」に傍点]感じであった。――考えてみれば私は左程マダムに興味は持っていなかった筈だ、それがどうしたことかこの話を聞くと同時に、青木に対して燃上るような反感を感じて来た。
 私は鳩尾《みぞおち》の辺りが、キューっと締って来るのを感じた。そして、
(アンナ青木《やつ》に……)
 と思うと、胸の鼓動がドキドキと昂《たか》まって来るのであった……。
 その時、重々しく正午の鐘が鳴った。
 ふっ、と気がつくと、遠くの病棟の窓から看護婦が、
(お食事ですよ――)
 というように、口を動かしながら手を振っている
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