「ひとが悪いわね……」
 耳朶《みみたぼ》の辺りのおくれ髪を掻き上げながら軽く睨んだ。
「ははは、……どんなことを考えていたの……」
「……マダムと青木さんのことよ……あんた知ってる」
「何を――」
「あら、知らないの、暢気《のんき》ね」
「仲がいいってことかい」
「その位だったら、皆んな知ってるわ」
「ふん、じゃなんかあんのかい」
「……まアね……あっちへ行きましょう――」
 諸口さんは音をたてぬように、椅子から下りると芝生《ローン》を踏んで、池の方に行った。私もそっと立つと、横目でマダムと青木のうつらうつらしているのを確め、すぐあとに続いた。
 池にはもう水蓮が蕾《つぼみ》を持ってい、ところどころに麩《ふ》のような綿雲の影が流れていた。
「あれ――って何さ」
「あのね……夜になると……消燈が過ぎてからよ……青木さんがマダムのとこに来るのよ……」
「ふーん」
「そしてね……何すると思って――」
「絵を描きに行くのよ、肌に絵を描きに……つまり、刺青《いれずみ》をしによ……」
「まさか――」
「あら、ほんとよ、だって私の部屋マダムの隣りでしょう、よくわかんの」
「だって、刺青したらす
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