みると、隣りの椅子に寝ていた諸口さんが、空を見上げながら、何か、思い出し笑のような、擽《くす》ぐったげな、それでいてどこかで私も経験したような、妙に歪んだ笑い顔を、むりに堪《こら》えているのであった。
(おや)
 と思った私は、その儘、眼で彼女の視線を追ってみた。彼女の視線は赤い屋根に突当ってしまった。
(ヘンダナ……)
 と思いながらもう一度彼女の視線を追った私は、ハッとするものに突あたった、そして思わずしげしげとそれを見つめたのである。
 それは赤い屋根の上、蒼空の中に、大きく浮んだ真白い入道雲であった。むくむくとよじれ登るようなその入道雲は、想像も出来ないような、妙な形を造っていた。
 私は諸口さんの忍び笑いの意味がハッキリわかると一緒に、この物静かな、何気ないような肺病娘にも、マダム丘子と似た血潮の流れているのを知って、フトいやあな気持になった。
「エヘン」
 私はわざと横を向いて咳払いをすると、
「諸口さん、いい天気ですね……あの雲なんかまるでクリーニングされた脱脂綿みたいに白いですね」
「まあ、いやだ脱脂綿みたいだなんて、そんなこと、いうもんじゃないわよ」
 彼女は、あの歪
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