《と》ぶ様に上《あが》つて行つた。
お濱さんは裏口《うらぐち》から廻つて、貢さんの居間《ゐま》の縁《えん》に腰を掛けて居た。眉の上《うへ》で前髪を一文字に揃《そろ》へて切下げた、雀鬢《すゞめびん》の桃割《もヽわれ》に結つて、糸房《いとぶさ》の附いた大きい簪《かんざし》を挿して居る。腫《は》れぼつたい一重瞼《ひとへまぶた》の、丸顔の愛くるしい娘だ。紫の租《あら》い縞《しま》の縒上布《よりじやうふ》の袖の長い単衣《ひとへ》を着て、緋の紋縮緬《もんちりめん》の絎帯《くけおび》を吉弥《きちや》に結んだのを、内陣《ないぢん》から下《お》りて来た貢さんは美《うつ》くしいと思つた。洗晒《あらひざら》しの伊予絣《いよがすり》の単衣《ひとへ》を着て、白い木綿の兵子帯を締めた貢さんは肩を並べて腰を掛けた。お濱さんは三つ年上《としうへ》で十三に成るが、小学校は病気の為に遅《おく》れて同じ級《きふ》だ。お濱さんの父は、もと越前の藩士で今は京都府の勧業課長を勤めて居る。
『お濱さん、僕、朝から行かうと思つてたけれど。』
『あたし待つててよ。しどいわ。』
『悪《わる》かつた。僕、留守番を云ひ附かつたの。』
『あ
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