。』
『屹度《きつと》伴《つ》れてつて下さい。』
『わしの年齢《とし》に成つたら。其れ迄は辛抱《しんぼう》して吉田の学校を卒業するんだよ。』
『女《をんな》でも行かれるの。』
『行かれるとも。其処《そこ》は女の方が多《おほ》いんだ。』
『阿母さんも伴《つ》れてつて上《あ》げなさい。』
『諄《くど》いね。早く縄を切《き》つてお呉《く》れ。』
 貢さんは勇々《いそ/\》として躊躇《ためら》ふ所なく麻縄《あさなは》を切り放つた。お濱さんは玄関の方へ廻《まは》つて来た。
『貢《みつぐ》さん、貢さん。』
『お濱さんが先刻《さつき》からお前を探《さが》して居る。早く行つてお出で。』
 兄は柱《はしら》に倚《よ》つて立上り、縄の食ひ込んだ、血の滲《にじ》んだ手首《てくび》を擦《さす》り乍ら言つた。貢さんは、
『今行きます、お濱さん。』と甲高《かんだか》な声で言つて、『晃《あきら》兄《にい》さん、お濱さんも僕と一緒に伴れてつて上げて頂戴《ちやうだい》。』
『馬鹿。よその人に其《そ》んな事を言ふんぢや無いよ。』
 兄の睨《にら》むのも見返《みかへ》らずに、貢さんは蝋燭と庖丁とを持つて内陣《ないぢん》へ跳
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