感《かん》じて身をぶるぶると慄《ふる》はした。
『貢さん、貢さん。』
と、お濱さんが書院《しよゐん》の庭あたりで喚《よ》んで居る。貢さんは耳鳴《みヽなり》がして、其の懐《なつ》かしい女の御友達《おともだち》の声が聞え無かつた。兄はにつ[#「につ」に傍点]と笑つて、
『驚いたか。』
貢さんは黙《だま》つて蛇《へび》の過ぎ去つた暗《くら》い奥《おく》の方《かた》を眺めて居る。
『暗《くら》い家《うち》には彼奴《あいつ》の様な厭《いや》なものが居《ゐ》る。此の家《うち》の者は皆|彼奴《あいつ》の餌食《ゑじき》なんだ。』
よくは解《わか》らぬけれど、兄の言つて居る事が一一道理《いちいちもつとも》な様に胸に応《こた》へる。斯んな家に皆が一日も居ては成らぬ様な気が為た。
『晃兄さん、早くお逃《に》げなさい。縄を切《き》りますから。』
『難有《ありがた》う。お前もね、わしの年齢《とし》に成つたら、兄さんが明《あか》るい面白い処へ伴《つ》れてつて遣《や》らう。』
『本当《ほんたう》に面白いの。』
『面白いとも。』
『単独《ひとり》では行かれ無いの。』
『行かれる。兄さんは単独《ひとり》で行くんだ
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