か》られるかも知れぬ。貢さんは躊躇《ためら》つて鼻洟《はなみづ》を啜《すヽ》つた。
『切れ無いかい。貢さん。意久地《いくぢ》が無いね。約束したぢや無いか。』
『だけれど、みんな留守《るす》だから。』
『お前、解《わか》らないなあ。』
 兄は歎息《といき》をついた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
『あゝ、阿父さんの所為《せゐ》でも無い、阿母さんの所為《せゐ》でも無い、わしの所為《せゐ》でも無い。みんな彼奴《あいつ》のわざだ。貢《みつぐ》、意久地《いくぢ》があるなら彼奴《あいつ》を先《さき》に切《き》るがいゝ。』
[#ここで字下げ終わり]
 兄が頤《おとがひ》で示した前の方の根太板《ねだいた》の上に、正月の鏡餅《おかざり》の様に白い或物が載《の》つて居る。
『何《なに》。』
 と、蝋燭《ろふそく》の火を下《さ》げて身を屈《かゞ》めた途端《とたん》に、根太板《ねだいた》の上の或物は一匹《いつぴき》の白い蛇《へび》に成つて、するすると朽《く》ち重《かさな》つた畳《たヽみ》を越《こ》えて消《き》え去つた。刹那《せつな》、貢さんは、
『沼《ぬま》の主《ぬし》さんだ。』
 斯《か》う
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