縄《あさなは》で後手に縛《しば》つて柱《はしら》に括《くヽ》り附けた手首《てくび》は血が滲《にじ》んで居る。と、阿父《おとう》さんが晃兄さんを切諌《せつかん》なさる時の恐《こは》い顔が目に浮《うか》んだので、此の縄を切《き》つては成らぬと気が附いた。
『之《これ》を切《き》つて、僕、阿父《おとう》さんに問はれたら何《なん》と云ふの。』
『お前にも阿母《おつか》さんにも迷惑《めいわく》は掛け無い。わしの友人《ともだち》が来て知らぬ間《ま》に連《つ》れ出したとお言ひ。』
『晃《あきら》兄《にい》さんは又《また》逃《に》げて行く積《つも》りなの。』
『此処はわしの家《うち》ぢや無い、仇《かたき》の家《うち》ぢや。兄さんの家は斯《こ》[#「こ」は底本では「こん」と誤植]んな暗い処ぢや無くて明《あか》るい処に有るんだ。』
『明《あか》るい処つて、何処《どこ》。大坂か、東京。』
『そんな遠方《ゑんぱう》ぢや無い。何《なん》でもいゝ、早く縄を切《き》つて自由に為《し》てお呉れ。痛くて堪《たま》ら無いから。』
 阿母さんも居ない留守《るす》に兄を逃《にが》して遣つては、何《ど》んなに阿父さんから叱《し
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