成つて居る。御参詣《おまゐり》の人も無い寺なので、内の者は内陣《ないぢん》で本尊様を拝む。本堂の五十畳敷だと云ふ広間《ひろま》は全く不用な塲処だ。内の者は皆此の広間の有る事を忘れて居《ゐ》る。殊に貢さんは生れて一度も覗《のぞ》いて見ないのだから、遠い遠い不思議な世界から声を掛けられた気が為《す》る
『晃《あきら》兄《にい》さん、何《ど》うして其《そ》んな処へ入《はい》つたの。何処から入《はい》るんです。』
少時《しばらく》返事が無い。
『晃《あきら》兄《にい》さん。』
と、貢さんは大きな声を為《し》て喚んだ。低い静かな声は、
『内陣へ廻《まは》りな。左から三枚目の戸だ。』
貢さんは座敷を通《とほ》つて一段高い内陣へどんどんと足音をさせて上《あが》つた。
『左から三枚目。』
と、又声が為る。昔から釘附《くぎつけ》に為てあると計り思つて居た内陣と本堂との区劃《しきり》の戸を開けると云ふ事は、少《すくな》からず小供の好奇《かうき》の心を躍らせたが、愈々《いよ/\》左から三枚目の戸に手を掛ける瞬間《しゆんかん》、何《なん》だか見無いでも可《い》いものを見る様な気が為て、怖《こは》く成つ
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