はな》して、箪笥の前で横に成つた。暑い日だ、そよと吹く風も無い。軒に縄を渡して阿母さんが干《ほ》した瓜《うり》の雷干《かみなりぼし》を見て居ると暈眩《めまひ》がする。じつと目を閉ぢようと為たが、目を閉ぢると、此の広い荒れ果てた寺《てら》に唯つた独り自分の居《ゐ》ると云ふ事が、野の中《なか》で捨児《すてご》にでも成つた様に、犇々と身に迫《せま》つて寂《さび》しい。其れを紛《まぎ》らす為《ため》に目を開いて何か唱歌でも歌はうと試みたが、喉《のど》が硬張《こはゞ》つて声が出無かつた。と、突然低い静かな声で、
『貢《みつぐ》、貢。』
『あ、晃《あきら》兄《にい》さん。お帰り。』
起上《おきあが》つて玄関《げんくわん》の方《はう》へ走《はし》つて出ようとすると、
『此処《こヽ》だよ。貢《みつぐ》。』
『晃《あきら》兄《にい》さん、何処《どこ》なの。』
貢さんは玄関と中の間の敷居《しきゐ》の上《うへ》に立つて考へた。
『此処《こヽ》だよ。』
低い静かな声は本堂から聞える。其処《そこ》は雨が甚《ひど》く洩るので、四方の戸を阿父《おとう》さんが釘附《くぎづけ》にして自分の生れ無い前から開けぬ事に
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