儘《まヽ》畑《はたけ》を横切《よこぎ》つて、半町も無い鹿《しヽ》ヶ谷《たに》の盲唖院へ駆けて帰つた
 貢さんは見送つて厭《いや》な気がした。

       (三)

 元気の無さ相《さう》な顔色《かほいろ》をして草履を引きずり乍ら帰つて来た貢さんは、裏口《うらぐち》を入《はい》つて、虫《むし》の蝕《く》つた、踏むとみしみし[#「みしみし」に傍点]と云ふ板の間《ま》で、雑巾《ざふきん》を絞《しぼ》[#「しぼ」は底本では「じぼ」と誤植]つて土埃《つちぼこり》の着いた足を拭いた。
『阿母さん、阿母さん。』
 二三度|喚《よ》んで見たが、阿母さんは桃枝《もヽえ》を負《おぶ》つて大原へ出掛けて居無かつた。貢さんは火鉢の火種《ひだね》を昆炉《しちりん》に移し消炭《けしずみ》を熾《おこ》して番茶《ばんちや》の土瓶《どびん》を沸《わか》し、鮭《しやけ》を焼いて冷飯《ひやめし》を食つた。膳を戸棚に締つて自分の居間に来《く》ると、又お濱さんに逢ひ度く成つた。一走《ひとはし》り行つて来ようかと考へたが、頭《あたま》が重《おも》く痛む様《やう》なので、次の阿母さんの部屋の八畳の室《ま》へ来て障子を明放《あけ
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