らだ。途端にお濱さんを思ひ出した。約束の時間に自分が行か無いので、待《ま》ち兼ねてお濱さんが迎へに来たのだと考へた。
貢さんは兎《うさぎ》の跳《と》ぶ様に駆け出して桑畑に入つて行つた。畑《はたけ》の中《なか》にお濱さんは居ない。沼《ぬま》の畔《ほとり》に出た。旱の為に水の減《へ》つた摺鉢形《すりばちなり》の四|方《はう》の崖《がけ》の土は石灰色《いしばいいろ》をして、静かに湛《たヽ》へた水の色はどんよりと重く緑青の様に毒々しい。お濱さんは居なかつたがおなじ様に鼠色《ねずみいろ》の無地《むぢ》の単衣《ひとへ》を着た盲唖院の唖者《をし》の男の子が二人、沼《ぬま》の岸の熊笹《くまさヽ》が茂つた中に蹲《しや》がんで、手真似で何か話し乍ら頷《うなづ》き合つて居た。其れが貢さんには、蛇の穴《あな》を発見《めつ》けたので掘《ほ》らうぢや無いかと相談して居る様《やう》に思はれた。
『悪《わ》るい事なんか為ては行《い》かんよ。』
と、五六|間《けん》手前《てまへ》から叱《しか》り付けた。唖者《をし》の子等《こら》は人の気勢《けはひ》に駭《おどろ》いて、手に手に紅《あか》い死人花《しびとばな》を持つた
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