か無いんだもの、知事さんの前なんかで体裁《きまり》が悪るからう。…………阿父さんは、晃兄さんには仕方が無いけれど、阿母さんに何故あゝ慳貪《けんどん》に物を被仰るんだらう。…………晃兄さんも習字があの様に善く出来て、漠文の御本も善く読める癖に、何故《なぜ》真面目《まじめ》に成つて夷人《ゐじん》さんの語《ことば》が習へないのかなあ。…………家《うち》の物《もの》を泥坊するのは良《よ》く無いが、阿父さんが吝々《けち/″\》してお銭《あし》をお遣りなさらんから、兄さんも意地に成るんだ。…………兄さんも阿母さんから、初中《しよちう》内密《ないしよ》で小遣《こづかひ》を戴き乍ら…………阿母さんが被仰る通り女の様に衣服《きもの》なんか買ふのは馬鹿々々しい。』
[#ここで字下げ終わり]
果《はて》しなく斯《こ》んな事を思ひ続けて居ると、何処《どこ》かで自分を喚ぶ声がした。庫裡《くり》の方《はう》へ向いて、
『阿母さんなの。』
と大きな声で尋ねたが、返事が無い。立上らうとすると汗をびつしより[#「びつしより」に傍点]掻いて居た。裏口《うらぐち》へ行かうとする時、又|何《なに》か声が聞えた。桑畑の中か
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