見附次第《みつけしだい》警察へ出すと被仰るけれど、其れでは明るみの耻に成る。阿母さんは大原《おほはら》の律師様《りつしさま》にお頼みして兄《にい》さん達と同じ様《やう》に何処《どこ》かの御寺《おてら》へ遣つて、頭《あたま》を剃らせて結構な御経《おきやう》を習はせ度いと思ふの。ね、貢さん、阿母さんや此の脊中《せなか》の桃枝《もヽえ》が頼《たよ》りにするのはお前|一人《ひとり》だよ。阿父《おとう》さんはあんな方《かた》だから家《うち》の事なんか構《かま》つて下さら無い。此の下間《しもつま》の家《うち》を興すも潰《つぶ》すもお前の量見|一《ひと》つに在る。其れに阿母さんも此の身体《からだ》の具合では長く生きられ相《さう》にも無いからね、しつかり為て頂戴よ、貢さん。』
[#ここで字下げ終わり]
『はい、解《わか》つて居《ゐ》ます。阿母さん。』
 貢さんの頬にははらはら[#「はらはら」に傍点]と熱い涙が流れた。阿母さんは萌黄《もえぎ》の前掛《まへかけ》で涙を拭《ふ》き乍ら庫裡の中へ入《はい》つた。貢さんは何時《いつ》も聞く阿母さんの話だけれど、今日は冷《つめ》たい沼の水の底《そこ》の底で聞かされ
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