ぶらりと帰つて来た。フロツクコオトを着て山高|帽《ぼう》を被《かぶ》つた姿は固陋《ころう》な在所の人を驚かした。再び法衣を着たことは着たが、永《なが》の留守中|荒《あ》れ放題《はうだい》に荒れた我寺《わがてら》の状《さま》は気にも掛けず格別修繕しようともせぬ。毎日洋服を着て書類を入れた風呂敷|包《づつみ》を小脇《こわき》に挾《はさ》んで、洋杖《すてつき》を突《つ》いて、京都府下の富豪や寺院をてくてくと歴訪《れきはう》する。其れは隣村《となりむら》の鹿《しゝ》ケ谷《たに》に盲唖院《まうあゐん》と云ふものを建てる趣意書を配つて応分の寄附金を勧誘《くわんいう》する為《ため》であつた。
 其の翌年に貢《みつぐ》さんが生れた。

       (二)

 今日《けふ》は日曜なので阿母《おつか》さんが貢さんを起《おこ》さずに静《そつ》と寝かして置いた。で、貢さんの目覚《めざ》めたのは朝の九時頃であつた。十歳に成る貢さんは独《ひとり》で衣服《きもの》を着替へて台所へ出て来た。
『阿母《おつか》さんお早う。』
阿母さんはもう[#「もう」に傍点]座敷の拭掃除《ふきそうぢ》も台所の整理事《しまひごと》も済
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