てられて
唯もう常に飢ゑてゐる。
以前は人を怨んだが、
そんな余裕も今は無い。

ゐざりよ、ゐざり、ことことと、
ゐざり車を漕ぐゐざり。
その淋しそな、単調な
車の音に合せつつ、
痺《しび》れた口を張りだして
断えず歌ふは歌でない、
慰めがたいたましひが
爛れた肉を噛み裂いて
おのが黒血《くろち》を啜り上げ、
唯くるしさと、ひもじさを
刹那々々に投げ出だす
荒い、短い、呻《うめ》きごゑ。

ゐざりよ、ゐざり、ことことと、
ゐざり車を漕ぐゐざり。
すべて忙しい世の中に
乞食の歌を誰が聞かう。
路ゆく人は目を反《そら》せ、
おまはりさんは叱り飛ばし、
わんぱくどもは石を投げ、
馬車、自動車は脅《おびや》かす。
華奢《くしや》な街家《まちや》を外《よそ》に見て、
地にへばりつく憂き身には、
風も邪慳に吹きつける、
雨もはげしく降りかかる。

ゐざりよ、ゐざり、ことことと、
ゐざり車を漕ぐゐざり。
大川端をあるく時、
彼れは折々おもひつめ、
いつそ死のかと、楽しそに
水をば覗くこともある。
しかし、木賃の片隅に、
彼れの子供が待つことを、
思ひだしては、曇つてた
瞳《ひとみ》の奥に火が光り、

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