「ああ、生きてたい」かう云つて、
また漕いでゆく、ことことと…………

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われにも家あり、
花もなく、光もなく、愛もなく、飾りもなく…………
くろがねを経緯《たてぬき》にして作り、
獣《けもの》に於て檻《をり》と呼ぶもの、
これ、わが家なり。

無限の苦痛に対して
早く、わが感覚は慣されたり。
わが家は地の底に建ちて、唯だ冷《つめた》し、
石および氷よりも冷えし中《なか》に、
われは黙々として妄動す。

そは効果あるか、無駄なるか、
われ知らず。
唯だ、妄動は我が今日のすべてなり、
明日《あす》も然らん、明後日《あさつて》も…………

我は久しく太陽を見ざれど、
恐らく、彼は音の如く天の半を横ぎるならん、
太陽のために賀す、既に汝の脚《あし》の用なきを、
わが閾《しきゐ》は汝の訪はぬままに、静かに暗し。
いみじき光を有つ多くの星も、はた、
かの最も高き空の奥に遊びつつ、
我に一瞥だも投ぐる暇《いとま》なからん、
我は其等の星をも賀す。

我は知る、この檻《をり》の家を出づる期《ご》なきを、
また知る、孤独《こどく》は我が純清《じゆんせい》の「真」を汚さざるを。
なつかしきか
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