だ。

こんなのぢやない! あの生々《いき/\》した南洋は!
おれは斯《か》う思つて次の室《しつ》へ行つた。
そこには病人らしい南洋の男女が、
青黒い、萎《しな》びた肌《はだ》で、
気乗のしない虚偽《うそ》の表情と、
――おまへ達は虚偽《うそ》を知らない筈だのに!―
張りのない、浮調子《うはつてうし》な声とで、
狭い舞台に、
――ああ、おまへ達は珊瑚礁の島が恋しからう!――
踊つたり歌つたりして居る。
可哀相に! 彼等は
小屋《こや》に一ぱいになつた見物から、
「なんだ! 面白くもない!
野蛮だね!」と大《おほ》びらに日本語《にほんご》で云はれて居る。
柬蒲塞《カンボチヤ》の踊を賞めた RODIN《ロダン》 が、
この見物の中《なか》に居るのぢやない、
いや、そんな大家《グラン、メエトル》が居たつて
この南洋踊を観たら逃げ出すだらう。
ああ!どんないい物でも、
どんな真剣《しんけん》な物でも、
日本の空気に触れると、
大抵みな萎《しな》びてしまふんだ!
精神を無くするんだ!

おれは近頃《ちかごろ》欧羅巴《ヨウロツパ》の往復に、
新嘉玻を二度観て、
南洋の生活を羨まずに居られなかつた。
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