エレヴェタアに乗って、小さい室内灯《ルームライト》を睨み上げている自分の生真面目な顔を細い鏡の中に発見して、槇子は思わず噴き出してしまった。余り神経質すぎる自分を、肚《はら》の中で蹴とばした。
 ――頑張れるだけ頑張る迄さ――
 一階《みせ》は相変らず男達の体臭で充満していた。出納の記帳台に納っていた白板《パイパン》面が、係長の眼を盗んで槇子へ下手くそなウインクを送ってよこした。その歪んだのし餅みたいな顔を、彼女は鼻の先きで突き刺してやった。
 スチームへ尻をあてがって新聞を読んでいた預金部長の禿《はげ》は、眼鏡越しにギロリと彼女を覗き、直ぐに不躾《ぶしつけ》を取り戻すかのように、めめずのような笑皺を泥色した唇の周りへ匍《は》わせた。
 男達は、各々の勤勉さを害ねない程度に、槇子への秋波を怠らなかった。丁度、交尾期の雄犬が、その鋭い嗅覚で雌犬の存在を知るように、行手では、どの男もどの男も顔をあげて彼女を迎えた。
 証券部長は一階の席にいなかった。
 給仕の知らせで、槇子は、正面の羅紗張りのドアを押した。後で、男達の囁きが起った。
「あの、お呼びでいらっしゃいますか?」
 海色の応接
前へ 次へ
全15ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング